人には、必ず、光と影がある。人前で見せているのが光の部分で、人前では、隠し通すのが影の部分である。
影はいわば、否定的側面であり、原始的本能ともいえるものである。
例えば、浮気などの非道徳的行為がこれにあたる。人格の否定的側面は、誰も表には出したくない。
だから、人間は、影の側面の存在自体を否認し、そもそも自分の中に影の部分がない。と思うようになる。また、自分の中の否定的部分を他人に投影することで平静を保つことがある。
投影とは、自分自身の願望や衝動を他人の中に見出して、それを非難することにより、自分の罪悪感を防御することだ。
「銃を持ちたい」と思っても、「持つことはいけないこと」と抑圧が働く、でも、「あいつも持っているから」というのが投影である。妻が浮気したとき、「夫もしているから」というのも投影である。否認・抑圧により、影の部分が光を抑えるようになれば、神経症やひきこもり、犯罪など様々な弊害をもたらす。
シャドウ(影)は完全に消去することは出来ない。人間は、自分の中にあるシャドウ(影)の部分を素直に認めうまくつきあってくことが大切なのかもしれない。完璧なひとはいない・・・どんな人にもシャドウはある。
投稿者 yasukawa : 2007年06月21日 09:12